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プラセンタの薬としての歴史

プラセンタの歴史とは

ヒポクラテス

ヒポクラテス

プラセンタが歴史上はじめて医学に用いられたのは、古代ギリシャです。「医学の父」ヒポクラテス(BC400頃)が自然治癒カを高める薬として胎盤を用いたといわれています。その後、秦の始皇帝が不老長寿の薬として胎盤を用いたようです(BC210頃)。

医学書にその名が記載されるのは中国(唐)の医学薬学書「本草拾遺」です。「人胞」「胞衣」という名で胎盤が薬として紹介されています(907年)。また、中国(明)の漢方薬事典「本草網目」に「紫河車」という名で胎盤が紹介されています(1596年)。

日本では加賀(石川県)で、秘薬「混元丹」として発売されたのが始まりだと言われています(1700年頃)。

プラセンタによる治療の歴史

その後様々な研究が行われていますが、ロシアの眼科医フィラートフ博士が「組織療法」として、胎盤の「埋没療法」を研究発表(1933年)しています。これは、胎盤を患部に埋め込む療法です。現在でも日本国内だけでも100以上の施設で行われています。

国立京都大学の産婦人科教授「三林隆吉博士」は、文部省学術研究班の要請で日本で初めて胎盤製剤「ビタエックス」を開発し、国民の健康増進に寄与しています(1944年)。

メルスモン、ラエンネックの登場

メルスモン

メルスモン

1956年度に更年期障害の注射薬として「メルスモン」が厚生省より認可されました。現在も更年期障害の治療薬として全国の病院で使われています。

久留米大学の組織病理学教授「稗田健太郎」(医学博士・農学博士)がフィラートフの研究に刺激され「胎盤漿」を開発。これが肝硬変治療薬「ラエンネック」として医薬品の認可を受けます(1959年)。その後、インタセリン(歯槽膿漏、胃潰瘍、十二指腸潰瘍)PLPやザウエルプラセンタ(胃潰瘍、十二指腸潰瘍)といった医薬品が認可されますが、その後認可を取り消されています。

現在は、ラエンネックとメルスモンのみが国から認可されたプラセンタ医薬品となっています。

 

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